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続きがないとわかった時、自分の基準が生まれた

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ここから始まる

退職までに、すべての私物を持ち帰り、使用していた引き出し、ロッカーを空っぽにしなければいけない

最終日までに完全に終わるよう、1ヶ月かけて整理していこうと決めていた。3月に入ったら始めよう。ゆとりを持って、丁寧にやろうじゃないか

その日が来た。せっかく決めたスケジュール。動くしかない

「よし、今日からやるぞ」

この時はまだ、この1ヶ月が何をもたらすか、想像すらしていなかった

忘れていた本があった

3月2日、ロッカーに向かった

鍵を差し、回すと、カチッと音がした

下段に、豪華な装丁の本があった。ある美術館の周年記念に作られた記念誌だ。開館当初から通っていた美術館で、展示の記録が写真とともに収められている。贈呈された品で、10年以上ここに置いてあった。置いてあることすら、忘れていた

仕事が続いていれば、この本はきっとここに残っていただろう。整理整頓が必要になっても、きっと残しただろう。しかしロッカーを空っぽにしなければならない。追い込まれて初めて、これからの自分のことを考えた

持って帰ることも考えた。愛着がある。しかし答えは出た

「見返すことはないだろうな」

古新聞と同じ場所へ移動した

シュレッダー、シュレッダー

3月9日、ノートが10冊以上あった

何が起き、どのように対処したか。仕事の歴史がそこにある。思わず手に取り、ページをめくった。「よくまとまっているな」「こんな時もあったな」。懐かしいというより、見送るように、ページを繰っていた。シュレッダーにかけることは、すでに決めていた

ひとつまみのページを握って、むしりとり、機械に入れ込む。ガタガタと切り刻まれていく。また1冊、また1冊

終わった時、気づいた。残していく意味も、もったいないという気持ちも、いつの間にか消えていた

名刺も同じだった。有名人のものも出てきた。「えい」。今の自分の続きはなくなる。それだけだった

誰の目を気にしているんだ

3月10日、有休がまだ余っていた

3連休の前後を取れば5連休になる。業務の都合上、休みが取れないこともない。一度、申請のリターンキーに手をかけ、止めた。さすがに5連休は、周りの目がある。申し訳ない気持ちも出てきた

3月12日、あれからまだ考えていた

「一体、誰の目を気にしているんだ」「もう誰も何も言わないよ」「言われたからと言って、どうなるの」

どんなに評価されても、文句を言われても、その声が届かない場所に、自分はいるようになる。褒められても、悪口を言われても、有頂天になったり、謝ったりする続きがない。そう気づいた時、何かが外れた。今の自分がどう動きたいか、それだけだった

「それならば!」

パンと弾けるようにリターンキーを押した

去り際は静かに

最終日に退職の旨をメールしようと考えていた

以前、前任者が異動の際、関係者にメールを送っていたのを思い出していた。頭の中で文章を作っていた。最終日にしたのは、あれこれ詮索されるのが嫌だったからだ。会話が弾む展開が予想される

4月1日からの新体制のメールが、どんどん流れてくる。予定する新たな体制には、これまで何度もやりとりをしてきた方の名前が消えていた。メールを送ろうと考えていた相手だ。体制変更のメールで知った

自分が勝手に大事だと思い込んでいたようだ。誰もそんなメールをほしいと思っていない。続きはもうないのだ。大騒ぎはしない。送らないと決めた

続きがないとわかった時

この1ヶ月、捨てるか残すか、送るか送らないか、申請するかしないか。小さな判断を繰り返してきた

3月で退職することは、ずっと前からわかっていた。しかし頭の中での理解にとどまっていた。現実の場面に追い込まれて初めて、これから始まる生活を想定して考えなければいけないと気づいた。自分の基準が必要だと

すでに1ヶ月が経とうとしている今、このブログを書いている今さえも、まだ体にストーンと落ち切っていない

続きではない。リセットのような感覚だ。目の前の出来事に、これまでと違う基準を一つ一つ当てはめていく。悩みながら、結論を出していく

続きがないとわかった時、新たな自分の基準が生まれる。そのことを、この1ヶ月の現実の場面が教えてくれた

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